仲が良かった友達と仲たがいしたので、友達を婚活アプリやFacebookで探しています。

今、私は長く中学から友達だった人物と上手くいかなくなったので、婚活アプリやFacebookで仲良く話せる友達を探しています。他にもmixiからもラインに繋がった相手もいます。

 

その中で、Facebookでのやり取りからラインを交換するようになった人物が一人いたのですが、その人物がアカウントを削除してしまいました。

いつもは、私がラインを送ると一時間もしなくても返信が来ていたのですが、今回だけは12時間以上の未読スルーが続き、不安になっていたら、今日の朝unknownになっていました。正直に言うとショックです。

結構、異性として気になりだしていました。ただ、写真も見ていたのですがモテそうな印象を抱ける人物なので、私よりも気の合う人物に出会い、ラインの友人関係を整理したくなったのかも知れません。

 

ただ、今日はその人物のことが気になって、いつも朝12時ぐらいまで昼寝しているのに、今日は昼寝する気がしません。

もし、何か失礼なことを言ったり、会話がつまらなかったりしたために嫌われたなら諦めるしかありません。私の会話は色々な人につまらないと言われることがあるだけに、自覚はありますが、ショックです。

 

私は、ラインやFacebookのメッセージのやりとりから実際に会って、気が合わないと見なした場合、ラインを無視して一切返信していません。興味を持っても何かをきっかけに興味が失せることもあります。それは分かっています。

でも、不安やショックで今日は朝から陰性症状で眠る気にもなれなくブログを書いているのですから、不安とか興奮のタイプのドーパミンが少し多めに分泌されているみたいです。ブログも書くこと、また、聞いてもらうことで、ショックから脱却したい気持ちが強いからだと思います。

何がいけなかったのかな、と考えてドキドキしてしまうんですよ。でも、今回、相手がunknownになったのが、機種変更とか相手側の不慮の事故でない限り、その失敗を生かして、次にラインを交換した人と仲良くなるようにしていこうと思います。

 

ラインでunknownになってしまった人は、恋活か婚活がしたいのは明らかな雰囲気で、写真だけで、私にも興味を持ってもらえました。だから、もしまずかったことがあるならラインの返信内容でしょう。

 

私はラインのunknownさんはデートのお誘いを沢山してくれていたのに、返信が翌日おかになって早く返せていなかったんですよ。それで、相手が退屈になったのかもしれません。

それか、考えるのは、私はそういうつもりはなくても口調が上から目線になっていることが多いみたいです。語彙が強いということも、前の職で注意されました。どれだけ丁寧にやっていてもどこか見下している雰囲気が出てしまうみたいです。

unknownさんは少しプライドが高そうな男性のイメージがありました。そこから考えると、もし、見下している雰囲気が出ていたとしたら、それが嫌われる原因になったのかも知れません。

それか、文章以外に、脈絡なく最後に食べたものの写真を送ったりしていました。そういう会話以外の返信を嫌と感じるタイプだったのかも知れません。少し、会ってみたいと感じていただけにすごく残念です。

だから、少なくとも、私に興味を持ってくれる男性が他にいたら、次は積極的に返信していこうと思います。

何故、積極的に返信できなかったのか?それは緊張していたせいもあります。

上手い返しができなかったら嫌われるのではないか??と不安でした。

 

20代半ばで出会い系サイトでセフレ探して遊んでいた時期があります。

その頃はそんな不安になることもなく、返ってきたメールは喜んで即返信していました。それでも、私の場合は付き合う人と上手く行かなくなる原因が常に会話の下手糞さにあったために、そういう人生だったから、自信喪失になっているところがあるんです。

それでも、昔に比べたら会話も上手になったと思います。思っています。

 

私がメールやラインの返信を積極的にできなくなったのは、FXトレーダーからフリーターになったことで、社会的立場としての自信をなくしているというのもあります。

職業について聞かれたらどう答えたらいいか分からないんです。フリーターって言って嫌われたらどうしようって不安があります。

私は、2012年~2015年は自信があるを通り越してナルシストになっていました。当時は、金融の長い話でも、私が話せば相手が喜んで参考にして聞いてくれると思い込むぐらい自分に自信がありました。当時は明るく、本の内容を人に話すのが大好きでした。

SNSのボイスも一日中投稿していました。今、フレンドはmixiではいなくて、Facebookが外国人が多い状態で、仲良くいいね!をつけあえる仲間がいないのですが、気にしても仕方ないので、またSNSで沢山投稿していこうと思います。

 

今は色々と自信がなくなっています。その最大の理由は太ったからだと思っています。

ただ、どうだっただろう…。2012年にダイエットに成功して痩せる前は自信あったのかなかったのか…。

20代半ばで、出会い系で遊んでいた時期は自分に自信があったと思いますが、その後、精神科に通うようになって自分に自信がなくなった気もします。

常に自信のあった人生というわけでもない…そういう気がします。今また自信っを取り戻しつつありますが、それは少しずつ恋をしだしたからだと思います。

恋とまでいかなくても、会って期待外れだったとしても、あ、この人いい人かも知れないと少しワクワクしたり、そういう人と少しやり取りするようになって、それが少し自信につながっている気もします。

 

特に今日は、ラインしていた人がunknownになってしまって、それがショックで朝から起きていますが、そういう一日を過ごせることは少し自信につながっています。

寝てばかりだと自信喪失にもなりますね。

 

精神病になると、精神病特有の生活が自信を奪うんだと思います。

それでも、デイケアにいる精神障碍者は誇大妄想があって、自信喪失にはなっていませんでしたが…。キモイだけでした。

 

苦しくても日々頑張っていくしかないのでしょう!!

 

今度はラインで仲良くなれるように頑張ります。

unknownになった人には一応、Facebookでメッセージしましたが、Facebookもログインしていないみたいです。

一番高い可能性として、私よりも楽しく会話できるライン相手が見つかったとかですかね。でも、ブロックではなく、何故アカウント削除だったのでしょうか…。

 

ただの間違いだったことを未だに願いたいですが、それは楽観主義というものだと思います(泣)

陰性症状なのか?薬の副作用なのか?元からなのか??

最初に、このブログはここ数週間アクセスが極端に減っています。その理由は写真を使うブログを書くのをやめたからだと思っています。アクサスが減りだした時期と、写真を使わなくなった時期が被っています。

それまでは、自分の文章力に僅かながら自信があっただけに、この写真投稿との相関関係は自信喪失につながります。しかし、できるだけ記事を書いて文章だけで見てもらえるブログを目指したいと思います。

 

ところで、私は、精神科の病院を変えることにしました。

つい最近、町が主催しているセカンドオピニオンに申し込んだのですが、その際に今通っている病院の医者に紹介状を書いてもらいました。それ以前にも、私の直感や感想、具合の悪い部分についての質問と医者の回答にはすれ違いが多かったです。この二つから、医者との信頼関係が崩れていると感じています。

 

ところで、はっきりと思ったことを聞く、要求する、これらをする患者は医者に嫌われるのでしょうか?少なくとも、今の医者はそれをよく思っている印象を受けたことはありません。私は、医者との信頼関係を築きたかったので、思ったことをはっきりと言って、診察時間を長くとってもらうようにしていたのですが、逆効果だったみたいです。

今の医者は、私が最も苦しんでいる陰性症状については一切聞きません。そして、妄想はあったけど、私には幻聴も幻覚もなかったのに、それを信じようともしません。あったのに幻聴だと自覚できなかったという判断をされました。

私は幻聴がなかったから軽かった方だと思っています。でも、幻聴だと判断できなかった、では重い方と捉えられています。それでは、今の薬は信頼して飲めません。

今度、クリニックを変わることにしたのですが、まず、今までは大病院でした。入院設備もあります。そういう大病院では薬を多く出すことができるらしいですが、小さなクリニックだとペナルティがあるので、薬を大量に出すことはできず、減らすことにする傾向が強いみたいです。

実際、私がデイケアで知り合った友達が、その私が変わるクリニックに通っていますが、クリニックを変えて半年で薬が減ったらしいです。それで調子がよくなったらしいです。私が通っている病院はソーシャルワーカーの人にも評判が悪く、薬を大量に出すことでも有名です。

私はロナセンを16mg飲んでいますが、これは入院中の量で、退院したら8mgに減らすとネットで読みました。だから、クリニックを変えて、最低限8mgまで今年中に減らしてもらおうかと思っています。

 

陰性症状と同時にある症状で、倦怠感だけは絶対に薬の副作用だと思うんですよ。

にも拘わらず、今の医者は、私が太ったことを気にしても、運動すれば痩せるという言い方ですが、倦怠感が酷くて運動なんてできないんですよ。それも理解しないです。はっきり言って、診察が毎回ストレスで仕方ありません。

 

よくなるどころか、陰性症状は日に日に悪くなっている印象を受けます。よくなっている気もしますが、両方の情報が同じだけあります。

まず、悪くなっている気がする点ですが、朝は11時半まで寝ています。眠ってはいません。横になっています。それは、起きても楽しいことが何もないからです。昨日は寝る前に明日起きたら公務員試験の勉強をしようって思っていましたが、今日起きたらモチベーションが全く上がりませんでした。やろうって思えるようになっただけマシなのかも知れませんが。

しかし、今書いていて、陰性症状は良くなっている部分の方が多いのかなという気がしてきました。その理由は、悪くなっている理由が、上の一点と、ブログのモチベーションが上がらないのと、楽しいことがあまりないことしか思いつかないからです。

 

それとは反対に、読書できる時間が伸びています。

デイケアに通っている時は夜の21時半~22時ぐらいしかしなかったり、早くても読書を21時に始めることはありませんでした。

しかし、今は19時~20時の間に読書を始めています。そして、今日まで読んでいた本は【かがみの孤城】なのですが、集中して楽しく読むことができました。デイケアに通っていた半年前よりも読書は楽しくなっています。当時は電車の中で読書するのが億劫だったのですが、今は1時間程度電車で移動する時は読書をしています。今日から新しい本を読みますが、19時~20時には読書を始めようと思っています。

 

私は、今のサービス業のバイトに就くまでは、機械のセールスのバイトをしていたのですが、前のバイトの時は休みの日は18時ぐらいまで横になっていました。しかし、今は、12時には布団から出ることができています。出かけない日は14時ぐらいまで横になっていることが多いですが、18時まで寝るということはなくなっています。ブログを書いてみるなり、何かやることを探すようになっています。

読書している時以外は少し落ち着かないところもあるので、アカシジアかな?と不安にもなりますが、私は退屈が苦手な性格なので元からでしょう。

 

なんか認知療法みたいになってきましたね。ブログそのものは私が精神的に向上できるようにということを目指すのがいいのでしょうか。

 

毎日のように何か料理で作るようになっています。今日はフレンチトーストを作りました。

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昨日は、アジの刺身とアボカドのとろろ丼、一昨日はカルボナーラ、その前はチャーハンを作りました。家事ができないということはないみたいです。ちなみに、風呂にもちゃんと入れます(笑)

明日はボルシチを作る予定です。オーブンレンジがあるので、パスタを作るようになっていたのですが、それが楽しかったのか、料理する癖がついてきています。もう少し余裕がでてきたらお菓子作りにも挑戦しようと思います。しかし、前の機械のセールスのバイトをしていた時は、料理をする精神的余裕もなかったです。休みの日は寝てばかりでした。

 

漫画を読むようになりました。

機械のセールスのバイトをしていた時は、休みでも、漫画を読む気力がなく、進撃の巨人を何巻も貯めていました。買って満足して読みませんでした。しかし、今でも読む速度は遅いですが、東京喰種を全巻買って、少しずつ読むようになりました。

4月中旬、毎日楽しいことがなく、すごく苦痛に感じていましたが、その頃、友達に、『進撃の巨人読み終わったら楽しみがなくなっちゃう!!それが怖い!!』ってメールしましたが、今となっては東京喰種とか読書とか楽しみを見つけることができているので、また、料理もするようになったので、あの頃のような絶望感はなくなったように感じます。

 

女友達は、最後の一人を失いましたが、男友達ができました。それも複数。

Facebookを始めた影響が大きいと思います。そこからラインを交換して友達ができました。mixiも少し始めましたが、そこでもメッセージを交換するようになりました。

これは、統合失調症になってからとは関係ないのですが、2012年~2015年にSNSをよくやっていた頃は、上記の女友達とも仲良くできて、フレンドもほぼ全員女友達だったのですが、今は男友達の方が話す相手としては増えました。

私は統合失調症になったら友達がいなくなると勝手に思っていて、その為、最後の女友達にはかなり依存してしまっていたのですが、いざ、時が経ってみたら、デイケアで友達になった男友達も含めて、友達は増える傾向にあります。

SNSで友達作っていることは親には話せませんが…。

ただ、昔に比べて男に冷たくなったと思います。

昔、複数のセフレがいた時期は、連絡を絶やさないようにしたり、相手を気遣ったりしていたのですが、今はラインしていて気に入らないことがあったら、未読スルー&既読スルー、デイケアで気持ち悪いと感じた精神障碍者は積極的に無視…。はっきりした性格になったみたいです。

ここは陰性症状が残っているのかも知れません。

無駄な人間関係にかける精神的コストがあまりないとも言えるなら、まだ精神的余裕がない証拠でもあります。それでも、積極的になったのだと思います。自分の人生の中では一番出会いが増えています。

 

音楽で少し高揚するようになっています。

今は倉木麻衣とL'Arc~en~Cielと林原めぐみを聞いていることが多いですが、デイケアに通っている頃は、安室奈美恵を聞いていました。

安室奈美恵が好きではなかっただけかもしれませんが、当時は音楽を聴いても浸るということがありませんでした。歩きながら音楽を聴いても気分がよくなることはありませんでした。

しかし、当時から、たまに、L'Arc~en~Cielを聞いてウキウキ感があることがあったのですが、今は寝る前に聞いていると時間を忘れることがあります。

 

美顔器を使えるようになりました。

デイケアに行っていた頃は、美顔器が面倒くさくて、美顔器を使うぐらいならゆっくり休みたい気持ちで一杯だったのですが、今は、定期的に美顔器を使っています。以前は美顔器を使っている時間が長く感じたのですが、今では音楽を聴きながらなら、美顔器を使う時間を長く感じることもありません。

そして、美容に興味を持つようになりました。

バイトして自由になるお金を手にしたことも大きいですが、ラッシュで基礎化粧品を買うようになりました。今、ティーツリーウォーターを使っていますが、あまり潤わないので、ドラッグストアで化粧水を買う予定です。しかし、潤わない化粧水を使う時でも、また、法要の満月が使いたいなと思えるようになりました。マッサージとか結構大変ですが。そして、また生パックがしたいです。

 

文章を書くモチベーションが上がったと思います。

ブログを始めた頃、主治医に自分の症状、陽性症状はないので、主に陰性症状ですが、それについてWordで書いた文章を提出しようと思っていたのですが、やる気が起きませんでした。しかし、明後日から病院を変わるので、そこの新しい主治医にレポートを提出しようという気分になっています。1月ぐらいは、履歴書はWordを使いましたが、Wordを使うのが億劫で仕方なかったです。しかし、その億劫な感じも今は大分なくなりました。

 

しかし、できないこともあります。

それは運動です。これについては、薬の錐体外路症状と副作用の倦怠感を心底疑いたいです。まず、震えるなどの症状は一切ないですが、錐体外路症状に運動しても気持ちよくないという症状があるみたいですね。

2012年~2015年は運動が気持ちよく、一日中運動していると言っても過言ではなかったので、今、運動ができなくなって辛いですが、モチベーションが上がらない時と、気持ちよくない時の二種類があります。今日はモチベーションが上がるのでランニングはできそうですが、気持ちいいかは分かりません。

私はランニングはモチベーションが上がった時は4キロ30分ぐらい、気持ちよさもある時は8キロ60分ぐらいを走ります。

しかし、調べてみると、これは結構走れる方みたいです。昔ができすぎたのかも知れません。欲張りなんでしょうか。

 

一日一回は洗顔をする癖がつきました。

先ほど、ラッシュの化粧品をまた使いたくなっているという話をしましたが、デイケアに通っている時は風呂には入っても洗顔だけということはしませんでした。しかし、今は洗顔してスキンケアをするようになっています。朝晩二回はまだできませんが、夜一回は必ずやるようになりました。

メイクについては、バイトなど、すっぴんの時が多いです。メイクはやっぱりやってみて綺麗になったと感じないと続けるのが難しいと思います。今は2012年~2015年ほどナルシストになることができず、その為、メイクのモチベーションが上がりません。しかし、これは陰性症状というよりも綺麗になれる率が下がったという成果の問題という気がしてなりません。

 

こう考えるとできることの方が増えています。

2012年~2015年には、SNSで仲の良い女友達がいたのですが、男友達については皆無でした。今はそれが逆転しています。

ハプニングバーに一緒に行く友達ができそうです(笑)

デイケアで知り合った男友達とも、病気のことについて相談できるようになりました。これらの人間関係が発展していけば、また、2012年~2015年にSNSに夢中になったころみたいにまた楽しくなると思います。

少しずつ、少しずつですが、よくはなってきているのでしょう。

 

その意味で、午前中寝てしまうのが陰性症状なのか、元からなのかが考えたくなるところです。

私は、2015年夏に、SNSでの女友達を一気に失って、やることが何もなくなりました。毎日何時間も夜中までSNSをしていたので、それができなくなった時は大層暇に感じました。それで2chに夢中になることに決めたのですが、当時、もし、ネットをやめていたら、どれだけ毎日が暇になったかが気になるのです。

SNSで女友達を失った理由は、この女友達のグループか、はたまた別のグループかにPCをハッキングされたからです。これは統合失調症の妄想ではありません。当時のログなら残っています。

医者に話したかったら、ハッキングされたと感じた証拠はいくらでも提出できます。

よく、チップが埋め込まれていると思い込む人がいても、チップを取り出せた人はいないと言いますが、私はハッキングの証拠をちゃんと持っています。

そう言えば、当時、ハッキングされた経過の中で色々なグループと対立したのですが、そのうちの一つの中の一人から裁判で100万円相当の名誉棄損の損害賠償を求める訴えを起こされたこともありました。書き込みを削除したら、訴えは取り下げられましたが。そのように、私は対立もハッキングも妄想ではなく証拠を持っているのです。

 

しかし、ネット内には、私のPCをハッキングして、人のころを整形整形と大騒ぎする女たちのグループがあった半面、味方してくれる人もいるしFXの話もできたので、ネットを続けていたのと、元々争いが好きだったので、別の意味で、この争いに没頭しました。そのお陰で暇を感じることはなかったのですが、それがストレスになったのか、ハッキングしたグループの言う脅しの中の嘘すらも真に受けて妄想が始まったという経過があります。私の統合失調症の唯一の症状である、妄想です。

家に押し掛けるという脅しも受けていたので、正直、それが本当にできることでもできないことでも、実際にPCをハッキングできているのだから、私にしてみたら怖いことだったのです。

 

この頃から、漫画や本を読む集中力が失われていたと思います。当時、経済の本を読んでいたのですが、今なら一週間で読める内容を二か月以上かけていました。

 

これらから、集中力が欠如したり、暇に感じたり、退屈に感じるのは、陰性症状ではなく、元からという気もするんですよね。この時期に比べたら、漫画も楽しく感じるようにはなりました。当時、関連妄想がなければ漫画なんて楽しくなかったとも言えるんですよ。

しかし、そういうネット内での争いがなかったとしても、一部の難しい本は読むのに苦労していましたし、全ての本が楽しかったわけではありませんでした。それは元からだったと思います。漫画やアニメがあまり面白くなくなったのは、少し驚いていますが、それでも東京喰種や進撃の巨人やワンピースには興味が持てるので、気にするべきことではないのかも知れません。

 

しかし、ワンピースは私の中でも魚人島あたりからは、あまり面白いとは感じなくなっているのです。その後、面白いところがあるのかも知れませんが。若い頃はアラバスタは面白かったですが、その後の空島あたりからは読まなくなったと思います。

進撃の巨人は、急性期の時点で面白いとは感じなくなっていました。集中して読めませんでした。色々書いていくと、薬を飲んでから始まったと感じる陰性症状も陽性症状がある時期から、存在したと見るのが自然だと思います。

 

少なくとも、今、2016年よりも本を集中して読めます。

 

考えると分からなくなることが多いので、次の主治医にレポートで提出します。

友達が一人減りました。しかし、生活習慣の問題と捉えることにしました。なんか思春期の女の子みたいな日記(笑)

友達が一人減りました。度々書いていますが、私は自己中心的で共感能力は極めて低いです。あと、アスペルガー疑惑があるので、空気の読めないコメントやメールで人をよく傷つけます。というか、不快にさせます。しかし、それも小さいころに比べたらマシになったんですが。

 

私で特徴的なのは、そこまで人付き合いが苦手なら暗い内向的な人間になったり、人と関わるのを諦めて陰鬱な人間になるものなんですが、それがないということです。

それは、諦めるということが苦手だからだと思います。

あと、自分を心底信頼しています。油断のレベルまで信頼しています。

その理由はIQが平均しかないのに、人生で出してきた成果は平均のパフォーマンスを上回っているものばかりだったからです。それだけ無意識のレベルで生きる努力をしたんだなと思うと、今もできる限りのことを、今の人生を楽しむ為にしていると思うんです。

その人生経験から来る自分に対する信頼があります。そうなると、いつか、人間関係の努力も報われると思えるのです。だから、一切陰鬱な人間や内向的な人間にはなっていません。コミュニケーションが苦手なので、アスペ特有のコミュ障にはなっていますけど。そのせいで天然ってよく言われます。

 

今回、私から離れていってしまったのは、中学生以来の友達でした。本当は何故不快にさせてしまったのかを本人の口から聞いて、そこを謝って、もう一度仲良くしたかったんですが、なんか無理っぽいし、過去の人間関係の失敗を思い出すと無理な人間関係を無理に維持しようと努力した結果新しいことに意識が向かないせいで損したということが多いので、未練はありますが、切り替えて次の人間関係の構築に向けて歩みを進めていこうと思います。

 

それにね、私もその友達、なんとなく嫌いになってしまったんですよ。

もちろん、その友達が先に私のことを不快になっていたので、私がその友達のこと嫌いになるように仕向けられたとは思うんですけど。距離を置きたがっている雰囲気はありましたね。

 

最後の辺りに貰ったラインですが、greenの独り言みたいな長文の投稿が苦痛、読むのが苦痛、とはっきり言われました。正直そこまで嫌味言われて続けようとは今は思えなくなりました。苦痛って言われた時はびっくりしたので、何が不快だったのか気になるし些細なことで、友達やめるとか勿体ないしと思ったので謝ったのですが、私に気を遣う気がなくなったなら、こちらもいりません。

 

昔、付き合っていた人に少しずつ距離を置かれたことがありました。

当時はまだ思春期真っただ中でした。その中で距離を置かれつつあることに気づいてかなり焦って、そして、また仲良くなろうと努力しましたが、それでも、その努力も甲斐なく別れることになってしまいました。

男女の仲は一旦離れるともう修復がかなり難しいとは思います。当時は思春期の子供だったので、そんなことには気づきませんでした。

今回の友達は同じ女だし、恋愛ではなく友情なので、謝ればまた仲良くなれるかなと思ったのですが、無理だったみたいです。

別の友達に相談したら、人間の気持ちなんて期間開ければかなり変わるし、好き嫌いも変わるから期間をおいて連絡してみたらどうか?と言われました。一応、メールの行き違い如きで友達なくすのは勿体ないとは思うので、一か月ぐらい経ってから連絡はしてみますが、もうその友達には一か月置きにしか連絡しないことにします。

昨日までは毎日のようにラインしていたんですけどね。

 

不快になった理由は大体分かります。

私は長文ばっかり送るから返信しにくくなっていっていたというのは、ネットで調べたら分かりました。

ただ、それだけではなく、私が書いたあるラインで怒らせてしまいました。私は3月末まで仕事していた時はプレッシャーが強くて、そのせいで休日は毎日寝ていたのですが、ある日から読書できるようにもなってきました。しかし、それでも毎日暇していました。

私が一番忙しくて楽しく過ごしていたのは、2012年~2015年で、ジム通いしながらSNSで友達とよく交流していた時期だと思います。その時期は暇とか退屈とか感じることがありませんでした。

しかし、退院してから毎日暇で、3月末に仕事辞めてからも毎日暇で、暇で退屈に感じるのは自分だけなのかが気になって仕方なかったので相談してみたのと、メールでもしていたら、かなり暇な感じがまぎれて気分がよかったので、この友達とのメールに実質かなり依存していました。

それでも、この友達に依存しだしたのは、SNSで友達と揉めて話し相手がいなくなってからです。いなくなった直後、暇すぎて退屈すぎて、今まで楽しかったのにと、かなり後悔したので、2chをよく見るようになっていました。そしてレスもよくするようになっていました。その2chの楽しさが少しだけ、SNSからの放逐の傷を埋め合わせてくれました。

思えばネット依存なのかも知れませんね…。

それでも、諸事情により2chにも居場所がなくなり、その後、話し相手が欲しくてこの友達に連絡しました。連絡して2ヶ月ぐらいメールしていたのですが、その後、統合失調症の陽性症状が出たので、メールをやめました。

それから一年以上の期間を開けて、またメールし始めたのが去年なんですが、確かに思えば私のメール返しにくいのに頑張って返してくれていたなと思います。

そして、私も調子が良すぎますね。友達が減ったらこの友達に連絡して話し相手を確保しようとしたのですから。ずっとメールしていなかったのに、久しぶりにメールしてみたら長文ばっかりだったら、そりゃ疲れると思います。だから、一応反省はしているんですよ。

それでも、はっきりと、最初から長文ばっかりで返答に困ってしまうからメールはたまににしてくれないかな?とか言えばよかったんじゃないのか?と思うんですが、そういうはっきりとしたレスポンスもなく、距離を置こうとする態度に私は困惑してしまいました。

過去の付き合っていた人と疎遠になっていったトラウマを思い出したのもあります。それでも、当時は、私と付き合ってくれる人はこの人ぐらいしかいないと思い込んで依存してしまったのが大きいと思います。

私は2012~2015年に痩せた時に自信過剰になってしまって、その時に、主に大学時代の友達をデブ呼ばわりしてしまい、友達ではなくなってしまいました。その時は、遊ぶ友達が減ったのですが、定期的にSNSのオフ会に出ていたので、あまり暇とか退屈とか辛いとかは感じませんでした。寧ろ、度々失礼なことを言うような、デブの友達なんていなくなってよかったと言った感じでした。

その意味では、疎遠になる際に未練のある相手と、そうでない相手がいたと言って差し支えないです。

その差は、その際に他に関わる人間がいたかいなかったか、心を許せる相手がいたかいなかったか?この差だったと思います。その意味では仲良くできるなら、楽しく過ごせるなら、誰でもいいのでしょう。

今この日記で話題にしている揉めてしまった友達も、一時期は私の都合で疎遠になっていました。

 

友達が不快になった理由は読みにくい文章もそうですが、そのせいで、友達を元専業主婦呼ばわりしたと勘違いされて、私は、スーパーのレジ打ちに過ぎないが働いていたのにとキレられた件です。

それと、これは考えすぎかもしれませんが、私のデイケアでの知り合いに総務だった人がいるため、私は、職業は絶対に精神障碍者がいない営業か接客にする!総務や事務だと精神障碍者が結構いるから避けたい!と言ったことが、その友達は総務で頑張っているのに、精神障碍者と同レベルと言われたのがムカつくというのもあったかも知れません。

その理由は、以前この友達に専業主婦と精神障碍者はレベルも人生哲学も同じって送ったことがあって、それには笑っていたからです。ここで三段論法で、また、無意識に専業主婦呼ばわりしてしまったので、二度目だからキレたのかなとも思います。

 

あと、レジ打ちにしろ、総務にしろ、私が見下していると捉えられたのかも知れません。

 

この友達もおかしいんですよ。

ちょっと前までは、家族の関係でやらなければいけない宗教をストレスだから嫌だと散々言っていたのに、つい最近付き合いだした彼氏が同じ宗教の人間だったら、私は宗教からは逃げられないのかもしれない、みたいなことを言い出して、宗教をやると言い出したり。

女の子なら仕方ないのかも知れませんが、私はとにかく、彼氏を優先する女子は苦手です。彼氏の好みで言うことがコロコロ変わる人間も苦手です。まあ、そんなこと言ったら大抵の女友達はいなくなりますね。

ただし、私は男とも長く続かないですし、女とも長く続きません。その意味で、かなり幼稚な性格だとは思います。それと、私は上で上げた疎遠になってしまった、付き合っていた人以外だと、必ず平行して数人と付き合っていました。その意味では、誰を一番に優先ってできる環境ではなかったので、男に会うことや、男に合わせることよりもプライベートを堂々と優先していました。だから、彼氏を優先したくなる乙女心は分からないのかも知れません。

多分、普通の女同士だったら、私も彼氏に合わせちゃうから貴方も合わせるのは仕方ないねと思えて、それが呆れる特徴になったりすることはないのでしょう。その気持ちは私には理解しがたいものです。

 

ところで、依存できるなら何でもいいなら、最悪、妄想でもよかったのなら、楽しく過ごせるなら手段は何でもいいなら、私は思い切って上記の友達への依存をやめて、依存相手を、依存の対象を次々と変えていく人生を歩むことにしました。長期で仲良くできる人なんて作れない気がしてなりません。そうなると、老後なんかすごく寂しくて暇だろうなという気がしてなりません。

ただし、老後については、FXと株式を再び始めようかとも思っています。その為に貯金と金融の知識を貯蓄していこうとも思っています。まずはハイエク全集を読むあたりから。それに、この日記で書いている友達を切るべきだと決めたのは、今話題になっているTOKIOの会見を見たのと、今日はバイトで充実して過ごせたら、友達と連絡できなくなることなんて気にならない、そういう生活習慣を身に着けようって思えたんですね。

 

まず、TOKIOの会見ですが、私は、山口達也さんのしたことは許されることではないと思いますし、アルコール依存は病気なので治すべきだと思いますが、メンバーなどからのバッシングや甘えだというお叱りのコメントを見るに、やりすぎだという気がしてならないんですね。

メンバーもどちらかと言うと、山口達也さんが悪いことをしたから言っているというよりもTOKIOの未来や自分のキャリアや世間体を気にして発言しているようにしか見えませんでした。

それは、私が世間体ばかり気にする親に育てられたから、そう感じてしまうというのもあるかもしれません。同時に、こういう時、親にはこう接してほしいと思うからそういう気持ちがあるのかも知れません。

 

私は、アルコール依存症は病気なので、少なくとも飲んで理性を失うのは病気なので、病院でちゃんと治療すべきだと思うんですよ。統合失調症も妄想による異常行動もそれがその人の性格なわけではないんですね。病気の為に異常行動をとってしまっているんです。そういう統合失調症躁うつ病の仕組みなら誰でも分かると思います。

アルコール依存症やネット依存症も同じです。その依存症が異常行動をとらせるので、アルコール依存症を治療しなければ、また同じ犯罪行為に及びます。そして、今回の事件をきっかけに本人もアルコール依存症を自覚したことと思います。

メンバーは山口達也さんを責めていますが、アルコール依存症を患っていることは心配ではないんですかね?私が何十年も連れ添った仲間なら、それを心配します。

本来なら、アルコール依存症から立ち直って、まともな社会生活を営めるようになってほしいというのが普通の仲間から発せられる発言だと思います。しかし、そういう言葉はないですよね。相手の女子高生も示談で納得しています。その後、山口達也さんやTOKIOのメンバーがどうするかは、世間が決めることではなくて、関係者が決めることだと思います。人気商売だから、私の母親や父親以上に世間を気にしないといけないのかも知れませんが。

しかしですね、統合失調症だった立場から言わせてもらうと、妄想から一部の異常行動があったとして、それを本人の性格だ!みたいに言われるのは純粋に不快なんですよ。アルコール依存症は知りませんが、統合失調症は100人に1人がかかるかなり一般的な病です。その意味では、妄想からの異常行動は誰でも取りえるものなのです。皆分かっています。妄想を抱いたのも自分のせいではないし、その自分のせいではない妄想のせいで異常行動をとったのも自分のせいではないと。

その場合、異常行動で迷惑被った親戚が、迷惑をかけた患者本人を責めるのは当たり前ですが、迷惑かかった親戚と同じ立場で、親戚の前でも親戚がいないところでも、患者本人を責めるってどうなんでしょう。あれは貴方の性格ではなく病気のせいだと分かっている、今は元の性格に戻ってくれて嬉しい、そういう言葉を家族はかけるべきだと思います。責められていて自信を深めることのできる人間っていますかね?私はいないと思います。

迷惑被ったから、問答無用で迷惑をかけた人間を責めていいというのは、私は間違いだと思います。

世間が責める、女子高生が責める、迷惑被った親戚が責める、これは当然のこととしても、家族や仲間なら与えられた役割は違うと思います。

人気商売である限り、普通の仕事と違いTOKIOには戻れない可能性は高いですが、友人としてアルコール依存症からの立ち直りを支えてくれる役割をTOKIOメンバーに期待するのは当然だと思います。その意味では彼にも帰る場所、籍を置ける場所は必要だと思います。

それに、私は基本的に意識的にそれを利用して敵を失脚に追い込む時以外は、他人の不祥事を利用して気分よくなるのは嫌いです。外野の中には、政治家の不祥事や失脚を喜ぶのと同じく有名人の失敗をただ僻み根性から楽しみたいだけの鬱陶しい人がいるようにも感じてしまいます。

まあ、心配しなくても有名人って必ず立ち直りますからね。アルコール依存の場合、一般人は金銭的に貧しくなる傾向がありますが、彼は金持ちなので大丈夫でしょう。アルコール依存症から立ち直った後に、飲食店経営でもすれば他の芸能人と同じでいくらでも儲かると思います。

ちなみに、統合失調症だと、デイケアではグループホーム住まいが結構いました。親も迷惑だから帰ってきて欲しくないんでしょうね。私は家に帰ることができましたが、たまに、統合失調症前の人格まで攻撃的と否定されて嫌な気分になりますが、今日はいい気味です。トイレに、日めくりカレンダーで、ハーバート・スペンサーの言葉があります。『子供は父母の行為を映す鏡である』という言葉がかかっています。私が統合失調症だろうとなかろうと、攻撃的な性格をしていると非難するとしても、それは、貴方たちの鏡ですよ。ということです。

どちらにしろ、その人の人格と病気のことは分けて考えないと、社会復帰できない人が出てくると思います。ニートは一般的には叩かれますが、山口達也さんが社会復帰しなかった場合セレブニートになるだけですよ、としか思えません。

芸能人がニートになるなら、メシウマなんですかね。外野にとっては。気持ち悪いです。

 

ところで、仲間や友達なら厳しくというのは日本の間違った風潮だと思います。私に見下されたり、専業主婦呼ばわりを二度もされて傷ついたからと言って私に冷たくしてきた友人は典型的な日本人だと思うんですよね。

私は海外の人は知りませんが、日本人は嫌いです。正確には日本人の美徳を持っている人間が嫌いです。あと浅はかな人間も嫌いです。よく考えてみたら、その友達はそういう特徴を備えていたと思えてなりません。

高々、少し気に入らないところがあるからと友達止めていてはいずれ一人になるので自重しますが、山口達也さんも仲間や家族としての務めを果たさないTOKIOメンバーなんて捨て置いてセレブニートになればいいと思うんですよ。その意味で友達としての務めを放棄して、つい最近離婚と言う形で男に捨てられたばっかりのみっともない友達なんてこっちから無理に付き合う必要もないなという気がしてきました。

 

二つ目は、今日はバイトで充実して一日を過ごせました。そのお陰で、これだけ充実しているなら、無理に長文送って仲良くしなくてもいいなという気がしてきたんですね。

だから、私は勉強したり、スキルアップしていったり、読書したり、SNSを初めてそこで新しい友達を探したりして、一人の友達に拘らないか、一人失ったら次がすぐに見つかる人生にシフトチェンジしようと思えました。

 

10年プレイヤーのニートの新たなバイトが決まって、初出勤行ってきました!!!

結局、寝てたり怠けてたりで銀座ウエストは行けずじまいです。それでも、何日かかっても余裕ができたら、必ず銀座ウエストへ行きます!

傍若無人な子持ちに正論かます当たり立派だと思いますので。それと、私は子供が大嫌いです。行儀が良くても子供は嫌いです。子供って打つだけでも気分が悪くなります。昨今は、精神障碍者という子供よりも嫌いなものができたわけですが、子供は餓鬼と打たないと気分が悪くなります。

私は中学生になったぐらいから幼稚園児が嫌いだったので、餓鬼嫌いで半生を生きています。さっさと不老不死にでもなって餓鬼が必要って風潮がなくなるといいなと思っています。ちなみに、移民の受け入れは賛成です。治安について言われますが、私はアメリカで一か月、スラム地区と高層ビル群地区の境界線上のホテルで滞在して夜中も出歩いていました。アメリカに着いたのもよ夜でした。ホームレスも見ましたし、移民が多く住む地区も見て回りました。観光ではなく社会勉強で行ったわけですし。旅費はFXで毎日捻出していました。毎日町を見て歩いて、一日喫茶店でPCを見るという一か月でしたが、金持ちなら、いくら移民が増えても治安のいい地区に住めますよ(笑)

そして、治安が悪い、殺人件数が日本より多いというのは一利ありますが、ノルウェーなど、死刑廃止した国の方が凶悪犯罪件数の低下と相関はいいですよ。移民なんかよりもね。ちなみに、日本の凶悪犯罪者は全員日本人であり、同時に、殺人件数より交通事故件数の方が多く交通事故で亡くなる人の方が多いです。治安のことを考えるなら車を廃止すべきですね(笑)

 

私に言わせてみたら、子持ちを甘やかし、傍若無人な子持ちや餓鬼を好き勝手させてしまった方が日本は住みにくくなると思っています。私の普段住んでいる地区は子供が少なく閑静な住宅街なので餓鬼害はありませんが、離れたスーパーなど行くと結構見ます。餓鬼なら何してもいい、子持ちなら、妊婦なら、そんな世の中は心底嫌だと思います。

 

ところで、私は過去にSNSでよく自分の写真をアップしていた頃、餓鬼の悪口(事実)を書いていたのですが、統合失調症になってから楽しく書けなくなったのです。しかし、銀座ウエストの件の後、今日からホスファチジルセリンを飲んだら気分よく書ける気がします。プラセボ効果かも知れませんけど。

薬のロナセンにしろ、サプリメントホスファチジルセリンにしろ、無意識レベルの効果はあるでしょうね。大抵その効果には気づき辛いと思います。

 

話は逸れましたが、そこまで人口減少問題が深刻と考えていてで、子供を作るというエゴではなく、国家の問題として解決したいのなら、移民でもいいわけです。国家を救いたいなら転職でもして、治安のいい移民のいない地区に住むか、それができないなら国家の為に移民の多いみすぼらしい地区に住めばいいだけです。無駄な平等性が好きで、自分が落ちぶれるのが怖い人は移民には賛成できないでしょうね。

でも、安心してください。どれだけ治安の悪い移民地区に住んだとしても、その下にはしょぼい精神障碍者という作業所に通っているつまらない人種がいますから(笑)

私は、デイケアで散々陰鬱で愚鈍なコンプレックスまみれの精神障碍者を見てきましたが、移民というのは、それとは違い頑張って生きているというイメージを持っています。実際アメリカではそうでした。自助努力で治安を買う世の中にはなると思いますが、子供を増やせば自助努力の必要がなくなるか、弱肉強食ではなくなるか?それはないと思います。寧ろ、子供を欲しがっているのも移民を欲しがっているのも新自由主義者である時点で、どちらの選択も弱者には優しくなりません。だから、餓鬼嫌いな私は移民を選びます。

 

私が入院した病院にも、二人、中国人の優秀な看護師がいましたよ^^

 

こういうのが、私の考えだから、是非応援の意味も含めて銀座ウエストへ行きたいのです。もちろん、銀座ウエストは行儀のいい子供は追い出していませんが、もし、傍若無人なくせに行儀いいつもりの馬鹿な母親が来たら冷たい目線や咳払いぐらいはされるでしょう。そういう世の中は素敵です。

 

ところで、前のバイトだと、月の手取りが18万ぐらいあったので、銀座ウエストなど簡単に行けるのですが、今、前ほど入る日数も多くしていなくて、時給も低くなったため、銀座まで電車賃かけて行って、銀座ウエストでキッシュを食べてくるのはかなりの出費になってしまいます。

そう、今度のバイトは前回の程仕事内容が難しくないところにしました。前回のバイトのことは書いてはいけないこともあるので、具体的な内容は伏せますが、覚えることが多く難しい内容であることが有名なバイトの一つでした。時給もコールセンター並みに高かったです。

それだけに、かなりやりがいがありましたが、休日もかなりの時間を勉強に割かないといけないし、覚えるべきことが一回で覚えられなかったりとかなりプレッシャーにもなっていました。

今日も、覚えが悪いなど、仕事ができないと叱られるのではないか?と不安になりながらの出勤でした。そして、休日などはあまり勉強ができないと怠けていると自分を責めてしまって、それがまた出勤の気力を奪うところがありました。扱う機械など、大変覚えることが多く、難しかったけど、難しすぎてついていけなかったので、残念ながら退社しました。

そして、家での勉強時間など、あまり拘束はされないが、給料は安く、もう少しプレッシャーの少ない職に、再応募しました。そして、一週間ほど前に採用されて、今日から働いています。もちろん、クローズです。

私はリストカットの跡を形成外科で治した傷跡がまだ残っているし、空白期間が10年と長いのですが、絶対にオープンは嫌です。陰鬱で愚鈍で、魅力ゼロの連中と関わりたくないですから。

今の仕事は、前回の仕事ほど責任重大ではないですが、もちろんクローズで見つけました。一応、チェックリストに通院しているかいないかなどを書く欄がありましたが、クローズなんだから、なし、にしておきました。クローズなんてものはバレたらクビでいいんです。

ちなみに、接客業です。クローズだけど、大学生なんかが普通に応募するレベルのバイトです。前の仕事にも大学生のバイトはいましたよ。ただ、店で一番優秀というぐらいの成績のある人物でした。少し憧れましたけど、私には無理でした。まだ、陰性症状のせいで、勉強のモチベーションもそこまで上がらず、同時に、10年間FXと金融と経済の勉強しかしてなかったので、仕事の好きでもない内容を頑張ることは慣れていないので、苦労しました。

しかし、今、公務員試験の勉強を始めようと思っています。地方ですが。もちろん、クローズです。

 

ところで、なんで、クローズという働き方があると思いますか?それはもちろん、自分に可能性があると思った人が障碍者雇用で一生を終える羽目にならない為だと思います。チャレンジしたい人に機会を提供しているのだと思います。

私はもう30歳なので、今から総務などの職を見つけられたとして、20万ぐらいしか稼げません。しかし、22歳ぐらいで統合失調症になって23歳には回復している大卒の人のようなパターンなら、大企業は無理でも就職先が沢山あります。国家公務員の年齢制限にも触れていないですしね。そういう人が障碍者雇用で、一生、陰鬱で愚鈍な人間と関わって単純労働ばかりさせられて、月10万ちょっとしか稼げないのは可哀想だと思うんですよ。しかも、まだ20代前半なのに、恋人まで障碍者から見つけないといけないんですよ。可哀想です。しかも、男なら、可哀想で済みますが、女で美人だったら悲劇です。

そういう悲劇を過剰に生み出さない為にクローズの就労があるのだと思います。

チャンスは皆に平等ですからね。

 

その意味で、真面目過ぎて、デイケアや作業所に通って障碍者雇用で数年働いてから一般就労しないといけないと思い込んでいる人が親が厳しすぎて作業所に通わないといけなくなるのは可哀想だと、心底思います。

 

今、その感情を持ったのは、ネットサーフィンをしていたら、作業所に行きたくない、作業所に行くと惨めな気持ちになる、という書き込みを見つけました。そうしたら、まともな神経していれば、それだけで書き込んだ人の悲痛が分かりそうなのに、平気で、何故惨めになるんですか?と質問しているクズがいました。

更に、作業所が辛すぎて死にたくなります、と書き込んでいる可哀想な人に、病気のせいでそう思うだけで、病気が直れば死にたくはなりませんよ、とか書き込んでいるクズも見かけました。

 

いやいやいやいや…、一般人の感覚なら惨めとか死にたくなるのは普通ですよ。

私は作業所やデイケアを軽蔑する人の味方なので素直に書きます。

周りの友達が優雅にニートするか、社会に出てバリバリ働いているのに、自分は愚鈍で陰鬱で魅力ゼロの精神障碍者に囲まれて毎日のように単純作業をやらされている?周りを見渡せば、醜いデブばかりで、稀にいる痩せている人間は挙動不審?そこに囲まれていて自分に自信を持てる人間なんていますかね?私はいないと思いますし、私もそんなところに毎日のように行かなければいけない、そんなしょぼい場所が自分の居場所だと押し付けられたら、自信喪失に陥ります。

その感覚を人と比べるな、焦るな、病識を持て、と言ってくるクズはいくらでもいますが、ちょっと考えてみましょうか?作業所で精神障碍者が全員楽しくしているのだからお前も楽しくやれというのは、世間で健常者として働いている友達とは自分を比べていませんが、精神障碍者と比べて安心するという比べ方をしています。そして、そういう

比べ方ができないし、したくない人もいます。精神障碍者と並列されたくないという人がいるからクローズの働き方があるんです。そして、焦っているわけでもないと思います。就活だって、周りの友達が大企業の内定をもらっている中、自分だけ就職先が決まっていなければ惨めな気持ちにもなる大学生はいくらでもいると思います。これは焦るも糞も、普通の健常者の感覚なんですね。これを批判するのはクズだと思います。

この感覚で、作業所にいるのが惨めだとか、行きたくない、こんなところで生活させられるなら死にたいって言っているのだから、その悲痛は正当なものと受け取ってあげないと可哀想です。

 

そもそも、作業所やデイケアって、働けない人しかいないという設定だと思うんですよ。そこにいる人はそこでの単純作業をやっとの思いでやりがいを持ってやっていることでしょう。そして、そういう人たちにとってはそこでの精神障碍者同士の人間関係が楽しく心地よいものなのです。

しかし、私みたいに、そうは一切感じない人間もいます。

そういう人間は週3日程度からでいいと思うので、バイトを始めてみるべきだと思います。元ニートが何言ってんだって感じですが。

 

私は家にいたら、一日読書するかDVDを見て過ごします。漫画も読みますしブログも書きます。ジムにも行きますし、ランニングもします。

それはそれで楽しいのですが、社会性が欠落していくと思います。その為にデイケアや作業所に行くべきだと言うクズもいそうですが、挙動不審で、作業所に行くのが惨めと感じることもないぐらいに社会性のないクズと話して磨かれる社会性って存在すると思いますか?私はないと思います。

 

デイケアや作業所に行くしかないぐらい重病の人がやっとでやる作業ややっとで築く人間関係が惨めだと感じる人間は、もうクローズで働けると思います。

そうすれば、社会性は身についていくと思います。

私は、3月末まで、別のバイトをしていましたが、そこで厳しく指導して頂けたので、今の職場の研修で、接客用語が簡単に出てきました。一緒に研修を受けていたのは大学生ばかりだったのですが、初めてのバイトなので、大学1年生なんかは接客用語があっさりと口から出てくることはありません。何も社会性がないのは、一時的に精神を病んだ人だけではないのです。初めて働く人は全員そうなのです。

そういうバイト先でコミュニケーションを学べれば、お金も入ってくるので、それで自由が買えますし、好きな服が着られて、お洒落もできるようになります。そうなれば、毎日が多少は楽しくなりますし、磨いたコミュニケーションや接客スキルと合わさって、病気の前よりも素敵な人間になることができると思います。

そして、付き合う人間も全員健常者なので明るく、楽しい仲間たちです。

作業所やデイケアが苦痛な人間は私みたいな生活をすべきだと思います。何も精神病に拘ることはありません。

 

多分、デイケアに通わないといけない、作業所に通わないといけない、と思い込んでいるんだと思います。しかし、社会復帰への道は何も作業所だけではありませんよ。

勉強して学校へ行くとなると、そのままニートになってしまう可能性があるので、お勧めはできませんが、バイトしながら2年などの区切りを決めて勉強して、学校へ行こうとするのはありだと思います。看護師のような資格をとれば歳は関係なく就職もできます。作業所に通うよりも、惨めさは軽減されていいと思いますが…。どうでしょう。

 

私は惨めな思いをしたくないし、作業所やデイケアに通っている人には挨拶もしたくなかったし、時間が勿体なかったので、作業所は通いませんでした。

デイケアに通ったのは、親が私のことを退院直後に嫌っていて、家に退院させるなら、家に長時間いないで済むようにデイケアに通ってほしいと言われたので、親のために嫌々通いました。退院する方法がそれしかなかったからです。

もし、親が優しければ、私は自宅療養しました。

 

素直になっていいんです。

デイケアや作業所を気に入っている人がいても、その人たちの前で、そこへ通うことは惨めな気持ちになると堂々と発言していいと思います。

そうでないと、クローズで頑張る人は生まれないと思います。

銀座ウエストへ行こう!!!

今日、ブログを書きながら、SNSを見ていたら、面白い記事を見つけました。

それは、銀座ウエストがマナー違反の子持ちに苦言を呈したというものです。

news.careerconnection.jp

私は銀座ウエストへは行ったことがないのですが、今の子持ちと子供に激アマの世界でよくもまあ、ここまで正論を言ってくれたものだと感激しました。

 

応援したいので、来週頭に行ってこようと思います。

今、バイトの面接へ行っているので、決まる前に空いている平日に一度訪問したく思います。

www.ginza-west.co.jp

 

メニューからして、青山ガーデンの方が興味があるのですが、銀座本店へ行ってキッシュを食べてきます^^

只今のダイエット成績、あと、読書について、【世界と僕のあいだに】。

バイトを辞めてからダイエットがかなり順調になりました。一日の摂取カロリーは、1000キロカロリー~1300カロリーに抑えられています。と言っても、バイト中は一日1700キロカロリー~2500カロリー摂っても太らなかったのですが(笑)

それどころか、バイト中は肉体労働でもないのに、気疲れか、どれだけ食べても1キロは痩せて、体脂肪率も4%下がりました。ちなみに、現在の体脂肪率は24%です。

 

私は数年前までSNSをしていたのですが、当時SNSにいた、デブス共の方が体脂肪率は明らかに高かったので、オランザピンを飲んだのはどっちだ?(笑)と言った感じです。

私は、SNSで、痩せることを夢見ても決して叶わない、既に体型崩れて40代を迎えたデブスの前で痩せたことを自慢して、彼らがピリピリする姿を見るのが快感でした。昨日も夜、当時の悦楽を思い出して眠れませんでした(笑)

久しぶりにSNSを覗いたら、当時見下していたデブスが既婚者の癖に恋をしていました。その中での彼女の発言は、『中身を好きになってもらいたいけど、外見で興味を持ってもらえなければチャンスがない』と葛藤している内容でした。思わず笑いました(笑)

 

私がSNSに登録するのは現在を含めて三回目ですが、二回目の登録の時は写真すら載せていなかったのに、一回目の登録当時に見下していたデブスたちに特定されてアクセスブロックされていました。だから、三回目の現在の登録でも見つかっているものと思いますが、その中で、私は現在の写真を晒して楽しんでいます。

見た目で興味持ってもらえないデブスと、私の外見では差がありすぎますから。誇大妄想ではありません。このブログでも自分の写真は載せているので、興味のある人は記事を探してみて下さい(爆)

ちなみに、私がSNSで見てきたデブスは、芸人のバービーや天童よしみみたいな外見でした。外見で興味を持ってもらえる確率は低いでしょうね。だから、私の言っていることは正しいです。

ちなみに、私は今の外見で満足していないので、整形する予定です。運よく家の近くに美容整形のクリニックがあるんです。

 

二回目のSNSの登録なんて、プロフィールも写真もないのに特定されていたので、三回目も特定されているだろうとの考えですが、それだけ人の行動が気になって仕方ない、デブスたちなので、痩せていく写真を少しずつアップしてピリピリさせて遊ぶのは楽しそうだな、と心底思います。そう思うとダイエットのモチベーションが超上がったんですね。

そして、SNS時代もピリピリするデブスを見てモチベーション上げていたなと思い出してきました。特にもう年齢的に崩れた体型をどうすることもできないデブスたちと思うと益々気分が高揚します。

 

そんなことを考えていたのですが、抗精神病薬というのは、どの薬も割合こそ違えど、食欲亢進の副作用が出る人と、食欲減退の副作用が出る人がいます。

オランザピンは食欲亢進率が高く、また、同時に、基礎代謝が下がるので太りやすいですが、私が飲んでいるロナセンは鎮静作用が低いのと、ヒスタミン受容体には作用しないため基礎代謝が下がることはなく、また、食欲減退の副作用が出る確率が高いです。

 

それについて思ったことがあります。

 

一般的に、報酬系を破壊したラットに砂糖を与えると大喜びするらしいですが、砂糖を得る為の努力はしないそうです。

オランザピンなどの抗精神病薬には、ドーパミンをブロックする働きがありますが、食欲亢進の副作用があります。それは、ヒスタミン受容体をブロックする為だけではなく、このラットと同じ働きがあるようにも感じます。

 

しかし、今飲んでいるのはロナセンですが、謎があるんですよ。それは食欲減退の副作用です。私は今、直ぐに胃がもたれてしまって食べられない状態にあるのですが、同時に、食べ物を食べても以前のような喜びを一切感じません。

これはドーパミンがブロックされているからではなく、別の原因を考えたくなります。

 

食べたら不快、食べなければ快楽、そういう風に神経が働いているように感じるんですよね。胃がもたれるのだけが理由ではないように思います。近頃は、午前中は飲むヨーグルトだけ飲んで寝て、その後、huluでアルスラーン戦記や東京喰種を見て、午後にはジムに行くか読書するか漫画を読むという生活を送っています。

しかし、朝、飲むヨーグルトだけでも家にいるだけなら食べたいと思わないし、一番心地よいのは、食べずに寝ている時間です。

その意味で、空腹で、ドーパミンが分泌されていると考えるのが自然だと思うんですよ。

そのドーパミンの快楽が、一時的な食べることによって得られるドーパミン分泌を上回るのだと思います。

 

ダイエットも基本は同じ仕組みです。

一時的なケーキの快楽よりも、ケーキを我慢することによって長期的に得られる体重の減少に喜びを感じていくというもの…。

 

私は薬をロナセンに変えてから、空腹を感じたことがありません。

朝、グラノーラに豆乳をかけたもの、大体150キロカロリーぐらい摂ってジムへ行けば、2000m泳いでサウナに入ることができます。

そして、ロナセンに変えた頃はまだ、じゃがりこなどを食べたくなったのですが、今、無駄にお菓子を食べたいと思わなくなりました。朝、ドーナツを食べたら胃がもたれます。

私は、2012年~2015年までダイエットをして、BMI18を維持していた時期に、断食に成功したことがありません。当時も、一日1700キロカロリー摂って、一日ジムで消費する、みたいな、過食症としか思えない生活を送っていました。しかし、今は運動量こそ減りましたが、49キロで、空腹を感じないどころか食べないことに快楽を感じます。食べ物が不味いです。

 

少し東京喰種の1巻を思い出しました。

カネキが、喰種になってから、食べ物が不味いと感じるようになるあたりですが、オランザピンを飲んで、快楽に任せて食べ物をむさぼる姿は喰種に似たところがあります。しかし、私はカネキの喰種になった当初の気持ちが昨今分かります。

不味くて、前のように固形物を食べたいと感じなくなったのです。一日のカロリーを1100キロカロリーに抑えるのはかなりたやすいです。

そして、明日、断食に挑戦してみることにしました。食べても快楽が一切ないのだから、一日断食してみて、翌日美味しく雑炊を食べようと思います。

実際ここ数日、私は午前中は飲むヨーグルトしか摂取していません。食べる気がしないのです。

体重はたとえ何があっても一年で42~41キロまで落とします。その為に、金曜日は断食の日にします。

 

今、二つの理由でダイエットのモチベーションが上がっています。まず、SNSでデブスに見つかったお陰で、また写真をアップすることによってデブスを見下す悦楽を得たくなってしまった。もう一つは、ロナセンの食欲減退の副作用を食欲減退でドーパミンが増えると仮定して、その快楽を得ることによって順調に食事制限をしていこうというものです。

ちなみに、雑炊ダイエットは2012年にしていました。200gのご飯(カロリー300)ときのこと野菜をたっぷりの雑炊を作って一日それしか食べないというものです。このカロリーは大体400キロカロリーぐらいです。私は、これと納豆と飲むヨーグルトを摂取するので、一日のカロリーは600ぐらいになります。

 

2017年10月~2018年1月のデータで、一日の摂取カロリーを800キロカロリー~1100キロカロリーにしたら、一か月で2キロ痩せています。雑炊ダイエットをしながらジムに通おうと思います。ロナセン様様です!!!

 

さて、ここ数日読んだ本の感想に移ろうと思います。先日【反脆弱性】と【大暴落1929】の感想を書きましたが、【反脆弱性】の下巻と合わせて、バイト辞めてから今月で読んだ本はこれで3冊目です。

私はここ数日【世界と僕のあいだに】を読んでいました。

これは、ある黒人の父親が子供に向けた手紙の形をとっています。訳された文章は口語調です。

アメリカという社会が偽善的だという内容の本を読みたくて手に取ったのですが、口語調ということで、最初は読んでも楽しいのかな??という予期不安が発生しました。

私はここのところ予期不安に悩まされています。この漫画読んで楽しくなかったらどうしよう。これして疲れたらどうしよう。この本読んで夢中になれなかったらどうしよう…。それだけ陰性症状で苦しんだ期間、退屈というものが苦痛で耐えがたいものでした。

それでも、この【世界と僕のあいだに】は読書の楽しみを思い出せる本でした。

私は2008年~2016年の間、相場を弄っていた関係上、金融や経済の本を選ぶ傾向があります。しかし、2016年に利益を出して、相場から一旦退場した今、解放されたとみなして、経済や金融以外の本にも手出ししてみることにしました。

そして、買い物で選んだ5冊ほどの本があったのですが、この【世界と僕のあいだに】はその第一号です。久しぶりに読書の楽しさを思い出したのですが、金融の本が合わなくなってきているのか、この【世界と僕のあいだに】が特別興味深い本だったのかは分かりません。

 

資本主義の崩壊についての本が並べられている付近にあったので、本屋の人の印象ではそういう資本主義の矛盾について書かれた本の一冊のつもりだったのでしょう。

 

ちなみに、この本の黒人についての捉え方と矛盾がある記述のある本は【1493】です。

この本には、アメリカの歴史は、また、アメリカンドリームの幻想は数えきれない黒人の犠牲の上に成り立っていると書かれています。きっと現在アメリカで黒人として生きていれば、大多数はそう感じるのかも知れません。

しかし、【1493】には、黒人の中には独自でインディアンと同盟を結び独立戦争をしたり、自由を勝ち取った話が出ています。ただ、多くの黒人奴隷はこの本にあった通り、抑圧された自由のない存在だったのでしょう。作者はジャーナリストなので、黒人の歴史については詳しく調べているものと思います。

 

この本には、昨今よく耳にする、白人警官による黒人の射殺事件の話が出てきます。同じように税金を納めているのに、白人警官は黒人の安全のために平等には働かないとの記述には、私の金融緩和に対する憤りと被るものがありました。

それでも、相場はしなくてもいいものであるのに対して、日々の安全は必需品なので、極めて切実な願いだと思います。

 

『ドリーム』という言葉がよく出てきます。その中に私は著者の皮肉のようなものを感じました。

黒人の場合は、子供を白人と比べて二倍行儀よくしなさいと躾けるそうです。それだけ、白人と比べて今も自由を奪われていると著者は訴えていました。

本の中には、成績優秀だったためシングルマザーで医者にもなったにも拘わらず、子供を白人警官の射殺事件で殺されてしまった女性の話も出てきます。

アメリカは民主主義だ、自由だ、と言われていても、白人と同じように『ドリーム』を追いかけられない社会制度がアメリカにはあると著者は言っています。

 

資本主義ってどういうものでしょうか。私は中世ヴェネチアの資本主義は好きですし、ポンパドール侯爵夫人が活躍した当時のフランスの資本主義にも憧れます。

しかし、フランス革命の自由平等博愛は、金の下での自由平等博愛という意味だそうです。あれは、ブルジョワジールイ16世増税に反抗する形で起こした革命ですから。

しかし、医者にもなった女性の子供が射殺されてしまうアメリカには、金の下での自由平等博愛もないのかも知れません。

 

資本主義というのは、私の中ではリスクと引き換えに自由に夢を追い求めることができる環境という意味に捉えています。しかし、そのほとんどはその夢を実現しません。それでも追い求める自由はあるのです。

しかし、白人の二倍行儀よくしなさいと躾けられる黒人の人たちに、夢を追い求める余裕があるのかというと、難しいと思います。白人警官は、夢をいつでも命ごと打ち砕く力を持っているのがアメリカという社会です。そのお陰で、著者のような黒人の人には安全がありません。

 

社会契約論って、どういうお話でしたっけ。

一人で警備会社と契約して家を守っても、隣の安全まで考えなければ自分の家の安全が手に入らないから、隣の人と一緒になって警備会社と契約して一緒に安全を買う、というものです。

まず、黒人というだけで白人警官からの安全を買わないといけないわけですが、彼らはいつでも黒人の子供を殺せる環境にあるわけです。殺されないためにはどうしたらいいか?二倍行儀よくする…そのようなことを考えていて、夢を追い求めるのはほとんど無理だと思います。

確かに、歴史的には、危険な状況でも夢や理想を追い求めた人たちは沢山いると思います。私も就職できないことを覚悟で相場をやっていました。だから、リスクと引き換えに夢を追い求めるということは分かるつもりです。

しかし、いつ射殺されるか分からない、射殺した人は基本的には裁かれない、そんなリスクは自分が夢の報酬として背負うものとは違うと思います。その意味で、著者は民主主義について言っていますが、『ドリーム』という言葉を批判的に描写することによって、アメリカの資本主義も欺瞞で一杯だと主張しているように見えました。

実際、著者の言う環境なら、資本主義も社会契約論も欺瞞でしょう。

 

暗い気持ちになる上、そろそろネットでも関わりたくないので詳しくは書かないですが、私たちの生きている世界は資本主義です。しかし、精神障碍者やデブスや専業主婦の世界は社会主義です。一つ断っておくと、共産主義ではありません。

 

私は共産主義はいい世界だと思っています。金も一つの力に捉えますが、その反面全ての能力を平等に評価して、能力のある人は金の有無に限らずいくらでも夢を追い求められる。また、その夢は金が能力なら、金で買ってもいい。そのような共産主義の自由な世界は好きです。

 

黒人を撃ち殺しても、白人警官が裁かれないのなら、アメリカの白人と黒人の溝は社会主義に近いと感じました。

社会主義が好きな人は基本的に夢や競争が嫌いです。この本の著者の意見は、恐らくは競争については書かれていないので分かりませんが、夢を追い求められる自由は大事にしているように思いました。

民主主義と資本主義は相性がいいです。しかし、アメリカの民主主義が欺瞞であるように、資本主義も、社会主義化している面があるのでしょう。

その中で、『ドリーム』を追い求める自由がある者のみが、アメリカは資本主義国家だと信じて疑わないとしたら、それはただのポジトークであり、利益が全てだと思う私みたいな者からみたら、それだけ社会主義だと認めるのが恥なのかと、アメリカという社会に呆れた眼差しを送りたくなります。

 

 

ここ数日はバイトの面接に応募しながらニートライフを満喫

まあ、人生最後のニート期間になるかも知れないですしね。

それでも、今日はバイトの面接に行ってきたのですが、そうして過ごしている方が一日がずっと楽しいです。

 

ところで、またPCが壊れたので小さいPCを使っています。タイピングがしにくい上に文章を俯瞰できないので、本当にブログが億劫になりますね!!!

 

せっかく24時間ニートになったのだから毎日のようにブログを更新したいのですが、PCが壊れて使いにくいPCを使う羽目になっているので、ブログ意欲が沸きません。このPCの嫌なところはブログの画面に限りいきなり改行されるというところです。

 

まず、【反脆弱性】という本を読みました。今って、本集中して読めているんですかね。ほとんど家にいるのが嫌だったのでカフェに行ってケーキと紅茶を頂きながら読みました。家では夜のちょっとした時間以外は読書をしません。

昔、この【反脆弱性】の著者の本では【ブラックスワン】など読みましたが、当時の方が面白く読んだという気がするのですが、それは陰性症状や薬の副作用のためではなく、【ブラックスワン】を読んだ当時は私もFXや株式に夢中だったので、その情景を思い浮かべながら読んでいたから楽しかったのだと思います。しかし、今はダイエットのことやバイトのこと、美容整形をしたいと言ったことの方がずっと夢中です。

そう思うと、昔ほど夢中になって読まなくなったのは必然という感じがします。

【反脆弱性】読んで大分経つので感想を書くのが大分大変です。

この本は金融の専門家だった人が確率論やフラクタルの専門家になって書いています。

この世界には、【脆いもの】と【頑健なもの】と【反脆いもの】の三種類があるらしいです。職業としては銀行員や公務員は他人の脆さと引き換えに反脆くなっている反面ほとんどの銀行員や公務員は脆いそうです。

そして、日々の給料の変動は激しいが、そのストレスに常に晒されて、客を探して自力で給料を安定させないといけない売春婦やタクシー運転手は反脆いもしくは頑健な存在だそうです。

身近?な考え方をしてみたら、楽したいからと障碍者雇用で働く人生に満足している精神障碍者は脆い存在で、クローズで働くことを目指す統合失調症の患者はストレスを自力で管理しないといけないので反脆い存在と言うことができると思いました。

しかし、著者の考え方と私の考え方はほとんど同じでした。

著者はストレスのある人生、ストレスの度に成長できる人生を勧めています。その意味では抗精神病薬を手放して再発のリスクを冒している人は正しいと言えます。私も20代なら飲むのをやめたと思いますが、私は断薬はせず減薬してくれそうな医者を探すことにしました。基本的にはクリニックは減薬傾向にあるらしいです。その理由というのも、出しすぎに対して制度上のペナルティがあるらしいです。

話がそれましたが、悲しみも苦しみも楽しさも喜びも平坦である精神障碍者の人生が素晴らしいとは一つも思いません。私は楽しさだけではなく、苦しみも人以上に感じたいのです。その意味で、ストレス管理が必要なクローズという生き方が合っています。

 

ああ、精神障碍者統合失調症抗精神病薬について書いていると気分が本当に憂鬱になりました。このブログでは毎度同じことを言っていますが、デイケアをやめて二度と精神障碍者とプライベートでは一切関わらない人生に歩を進めてよかったです!!!!

 

ニート イズ ハッピー!!!!

 

この著者と私の考え方で似通っていたのは、やはり金融緩和や財政出動についてでした。それによって、数々の金融機関や大企業が救済されていますが、その陰には数限りない納税者がいます。金融緩和によって企業が破たんしなくなる半面どんどん財政赤字が膨らむので、それを支える納税者の負担は大きくなります。これを、他人を脆くして反脆くなる連中がいると表現していました。

しかし、恐らくは金融緩和と財政出動がひょっとしたら必要かもしれないことは著者も納得していると思います。そのために金融機関の規制や学者の責任について本には書かれていました。

多くの学者は預言者を気取りますが、一度として自分が危機の前に危機を予測してその危機の方向で金融のポジションを持っていないと言っていました。名指しになっていたのはスティグリッツですが、私はスティグリッツクルーグマンが大嫌いなので、片方だけでも批判されているのを見て気分がよくなりました。

この著者の批判者リストには、俗に言うベーシックインカム賛成派みたいな新自由主義者が多かったです。私も新自由主義の御用学者は一人残らず大嫌いです。

この著者の言葉を借りたら、他人を脆くして自分が反脆くなろうとしている人に都合がいいのが新自由主義だと思います。

日本では今、自民党政権で、安倍首相の支持率が低下していますが、これら御用学者が強いのを見るに次はさらに新自由主義に急進的な人物が首相になると思います。

馬の前に人参つるすのは有名ですが、そういう政治家に投票する人達は、得られもしない果実を政治家に約束され、訪れるはずもない未来を期待しているように見えます。もちろん、大企業勤めが投票するのはいいですが、それって日本の何パーセントですか?(笑)

現在でも、安倍内閣の支持率は30%ありますが、大企業勤めが30%いるとは思えません。そして、次の新自由主義政権も一時は支持率が70%近くなって当選すると思いますが、そんなにいますかね?大企業勤め?(笑)

生活が苦しくなっているのは、新自由主義のせいではなく、別のものだとかならず新自由主義者は言いますが、それを信じられる精神性が私は信じられません。

 

もう一つ、この本の中にあった概念として、心的外傷後成長というものがありました。

私は、大學時代の失恋がトラウマになっています。トラウマかどうか知りませんが大分引きずったと思います。しかし、それも、2015年にPCをハッキングされてネット内で私生活を暴露された上に整形と叩かれて、過去の失恋なんて引きずっている場合ではなくなっている間に、大學時代の数々のわだかまりが解けて、辛いという気持ちを思い出さなくなりました。今は2015年当時と比べてアニメが面白く感じないとか本を集中して

読めないなどが一番大きな悩みになっています。

しかし、それらを相談した友達は、自分も自分なりに苦労して生きてきた、苦労していた間のことはその時々で夢中で、一つの苦労が終わっても次の苦労に夢中になったから一々覚えていないと言っていました。

その友達にも、本に集中できないとか何も楽しくないってことが人生にあったみたいですが、その時はそれを解決するために必死でも、その後の苦労でそれも忘れてしまうそうです。

ネットを見ていると統合失調症については陰性症状のために、毎日が楽しくないとか集中力がないなどの悩みがあふれていますが、実際にそれらを克服した人の意見はありません。ネットのヘビーユーザーってそこまで多くないと思うんですよ。その意味では、退屈を克服した人の方が多いと思います。

デイケアなどは、二度と社会復帰してほしくないような挙動不審のデブの不細工共が多いですが、知恵袋などを見ているとクローズで働いている人も結構見受けます。

そして、統合失調症の場合は初発の場合、予後が今ではかなりいいらしいです。だから減薬はしても断薬はすべきではないと思います。

デイケアだけ見ていると、障碍者枠で働くのが仕方ないという、脆い人生だけを見させられますけどね。

デイケアがあの調子だから、不安な人はネットに助けを求めて聞いて回ります。そうすると、同じ不安がっている人にぶつかります。楽しくない毎日や集中力のない毎日から抜け出せた人は毎日が充実していますから、不安がって検索したり質問したりはしません。そのために全員が退屈を抱えていると思い込んでいくのだと思います。

一日中、妄想や幻覚に苦しめられたという統合失調症急性期1年ぐらいの経験は笑顔が消えてしまうほど、多くの人にとってPTSDになってもおかしくないものだったと思います。

それでも、心的外傷後成長の概念があるなら、陽性症状、陰性症状ともに収まってきた後には楽しい毎日は待っていると思います。

 

二冊目は、【大暴落1929】を読みました。

 

この本、実は2008年に買った物です(笑)。

この本には結構専門的なことが出てきます。

私は2008年に株式を始めたのですが、当時は空売りの仕組みすら分かっていなかったぐらい無知でした。上で金融緩和について少しだけ語りましたが、当時はFRBが利下げしたというニュースすら理解ができない状態でした。

この【大暴落1929】という本には当時のFRBの動きも少し出てきます。その為、買った2008年当時は読み切ることができず、半分だけ読んで挫折しました。専門的すぎて難しく、眠気をこらえながら読んでいたと思います。

過去に私が眠気を堪えながらも読破した本としてはヒトラーの【我が闘争】がありましたが、この【大暴落1929】は難しくて当時は読み切ることもできませんでした。つい最近挫折した本はハイエクの金融の専門書がありますが、それです。集中力については、このハイエクの本を読んで試してみようと思っています。

私は株式にはまっていましたが、結局はまっていたから金融や経済の本が楽しかっただけで、金融や経済は好きではなかったのだなと最近になって思うようになりました。

当時、暴落の最中に買い支えが行われたそうです。それは、私はジェシーバモアの伝記でも読んだことがあるので知っていたのですが、暴落の最中は買い支えをしても無意味だとこの本に書いてありました。

2008年の経緯はどんな風だったでしょうね。

確か、まずは暴落があって、その後に70兆円の金融安定化策の発表があって、それが可決されるか否決されるかの議論でかなり上下に振れた気がします。

金融緩和と財政出動そのものが国家ぐるみの買い支えであるわけですが、それを発表しても当時は直ぐに株価は回復しなかった気がします。

私の考えでは破綻するものが破綻しなければ上がらないと思います。

アメリカは戦前の有名企業と今の有名企業が随分と違っているらしいです。その理由は、かなりの企業が破綻したが、新しい企業が更に興っているかららしいです。

GMは破綻して救済されましたが、1929年はGMが主要企業で、倒れる心配もなく、GMに良いことはアメリカにも良く、逆もまた成り立つと言われたらしいです。しかし、今積極的にそこまでアメリカをGMに傾けたら笑われるでしょう。今主要企業になっているのは、アマゾンやマイクロソフトやアップルだと思います。

GMが叶わなかった時価総額までこれらのIT企業が成長できるから、平均株価も必ず過去最高を記録するんです。その意味でアメリカの金融緩和は日本みたいに大企業に座っていなければい何もできない無能な人間を守る仕組みはありません。

大企業がシェアを失った隙間に新興企業が入り込んで成長するものなので、日本の金融緩和と財政出動を続けていたら、日本がアメリカのように成長できないのは自明ですが、それでも、私は無能を椅子に座らせておく日本型の国家運営の方が弱者に優しいと感じます。

アメリカには一度旅行してきましたが、高層ビル群の横にはスラムという風景が一般的です。高層ビル群の近くには新鮮な食材を売るスーパーがあり、スラムな雰囲気のところにはあまり新鮮ではない食材がありますが、日本では見ない光景です。

もし、アメリカみたいに企業を破綻させてもいい状況を作るのなら、日本も今の恵まれた環境を全ての人が得るのは難しくなると思います。

大企業そのものは数々の下請けを抱え、それらの、利益まだ維持しています。大企業の救済はそれで救われる雇用がかなりあるのです。

ただし、大企業が野放図な経営をしないように、特にアメリカで言うところの投資銀行部門と商業銀行部門を分ける、みたいな規制は必要だと思います。

救済されないといけない事態が起きず、起きた場合は経営陣にしっかりと責任を取らせることのできる仕組みは必要です。その為には大企業救済の対価としてリストラですが、リストラしたら救済する意味もないように感じるんですよね。

 

これに反論したい人が、新自由主義者ですね。スティグリッツクルーグマンに騙されやすく、そして、安倍政権がなくなった後に、もっと急進的な新自由主義に投票して、そのせいで生活の質が悪化することが分からない連中です。

 

私の言っていることが理解したければ、私がアメリカでやったことですが、スラム街ぎりぎりのところの宿に泊まり、毎日高層ビル群まで観光に行って、そして、スラムぎりぎりのところにある宿から、近場の空港(郊外にあります)まで一回歩いてみればいいと思います。アメリカという国の過酷さが分かります。私はあれを見てアメリカ型の社会は良くないなと思いました。

 

このままでは日本が…と言いたい人もいるでしょうが、そう言ってアメリカ型を望み、その際に犠牲になるのは99%の日本人です。別に貧困状態になるとか家を失うまで行かないかもしれませんが、生活の質は100%落ちます。

 

アメリカが良い国に見えるのは、メキシコの移民にとってでしょう。メキシコに比べたら、スラムの生活もマシなのは言うまでもありません。しかし、スラムの人間が高層ビル群やスタバのある地域のスーパーで買い物するのは100%不可能なので、野菜の食べられない生活になることは確実ですが。

 

話がそれましたが、2008年のアメリカの規制の状態は、1929年以前のものにかなり戻っていると言えるレベルだったそうです。今は少し規制されました。

 

どちらにしろ、北欧には負けますが、日本はいい国だと思います。

 

感想と体験談はこの辺にしておこうと思います。

 

私は三月の最後の日に失業してから、約20日間、ジムへ行ったり、カフェに読書しに行ったりしながら、次のバイトの面接に応募して過ごしました。

求職しているので、正確にはニートではありません。

また、ニート特有の、働くのが怖い病が出てきています(笑)

それでも、今日はバイトの面接でした。一日に決められた予定があることがすごく幸せに感じられました。何の予定もなく、予定と言っても診察だけで、毎日自由に過ごすのは本当に退屈というか緊張感がなくて、毎日が平坦でつまらないです。前回の仕事は難しかった為に2ヶ月で辞める結果となってしまいましたが、その仕事の中で何が向くかなど考えるようになりました。まだ、フルタイムでは働きませんが、少しずつ仕事をしていって、お金を稼いでそれを自由に使って充実した毎日を過ごしたいと思います。

 

ここ数日、東京喰種とアルスラーン戦記を見て過ごしました。東京喰種は大人買いしてしまいました。進撃の巨人大人買いしてしまいました。

また漫画が買えるようになったのも働き出したお陰です。

アニメ、漫画の感想は後日書きます。

 

日常について書いている方が、精神障碍者の陰鬱な観察日記よりもずっと気分が晴れます。